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東西横貫道路開通記念ゲートをくぐると太魯閣峡谷に入ります。
東西横貫道路開通記念ゲートを
くぐると太魯閣峡谷に入ります。

1972年6月13日「国立公園法」の制定については、1963年2月27日に交通部観光事業チーム委員会より内政部に対し、「国立公園法」の草案作成が提案されたのが最初の動きです。そこで内政部は、学者専門家および関係機関を集めて小委員会を組織し、「国立公園法草案」の作成に取り組み始めました。草案の骨組みは内政部の居伯均氏が作成し、小委員会が検討した後、1962年8月に行政院に提出されました。行政院は内政部に対して、関係機関と学者専門家を集めてこれを整理して条文化するよう指示し、内政部はこれを12条の条文にまとめ、1964年8月に行政院に提出しました。行政院長は、葉公超・政務委員に審査会を主宰するよう指示し、関連部門の参加を求めましたが、審査会の結論は「本案は暫時制定しないほうが妥当である」というものでした。こうして「国立公園法」の制定への動きは一時停止となりました。

その後、1966年に国立公園国際委員会の主席が台湾を訪れ、早急に国立公園法を制定するよう建議しました。そこで内政部は「国立公園法」の制定手続を行なうことを再び行政院に提案し、行政院の指示を受けて協議を行ない、1969年2月に草案を完成させて行政院に提出しました。行政院観光政策審議小委員会の費驊氏は、さらに関係機関や学者専門家を招いて審査を行ない、1970年3月5日、行政院会において同法案を立法院に提出することを決定しました。 立法院では内政委員会と司法委員会において同法案が審査され、さらに12回にわたる聯席会議でも審査が行なわれ、1972年5月、ついに制定手続が完了しました。そして同年6月13日、国立公園法全30ヶ条が総統によって公布され、国立公園の設置は法的根拠を持つに至りました。